法話『共命の鳥』(知恩院月刊誌『知恩』2014年9月号に掲載)を拝読して

 浄土門主総本山知恩院ご門跡 伊藤唯眞大僧正猊下の法話「共命の鳥」を拝読させて頂きました。
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 浄土宗の主経典である「阿弥陀経」をもとに、なぜ浄土には鳥がいるのか。「共命(ぐみょう)の鳥」とはどういう鳥か。その鳥をとおして釈迦が民衆に諭しておられることは何か。それらをわかりやすく親切に説かれており感銘を受けました。

 仏教経典である一切経には、般若経、維摩経、涅槃経、法華三部経、浄土三部経、金剛頂経等がありますが、この中から法然上人は、浄土宗の教えのよりどころとする経典「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の三典を選ばれました。法話にある「共命の鳥」は、この「阿弥陀経」にでてくる鳥だと教えられました。世界史で習った「阿弥陀経」等の翻訳家、鳩摩羅什のことにも触れられています。

 釈迦が説かれた浄土とはどのような世界か?極楽には、白鵲、孔雀、鸚鵡、舎利、迦陵頻伽、共命之鳥等のたくさんの鳥が美しい声で鳴いていると説かれていますが、このうち迦陵頻伽と共命の鳥は霊鳥であり、特に「共命の鳥」について述べられています。

 極楽に鳥がいることが強調されるのは、鳥は何事も腹にためず、清潔さを象徴する極楽に最も相応しい生き物とされたためと思われます。

 「共命の鳥(阿弥陀仏の化身)」は、頭が2つ、人面双頭、体は1つの鳥身であり仏法を説く鳥で、”ぐみょう”とは”命を共にする”という意味だと説かれています。頭が2つであるため心も2つあり、うまくいっている時はよいが、心に葛藤が生じたとき自己中心の考えが、結局身が1つであるため、自分も含めてすべてを滅ぼしてしまうことを、釈迦と弟子の提婆達多の逸話を含めて説かれています。この法話を拝聴して、「他を滅ぼすことは、自分を滅ぼすこと」と厳に戒めなければなりません。この鳥は、身を滅ぼす前に、悟りを開き、阿弥陀仏に救われたことが何よりの救いです。

 この法話で、門主が民衆(市民)へお伝えになりたいことは、終章にある「いがみあいから助け合いの鳥へ」、「今に生かそう、共命の鳥の教え」であると思います。

 その後、この教えは発展し、”双頭は対立ではなく一つの心持つものとしての合掌の姿”に、また”お互いに肩を寄せ、右手と左手を差し出して合掌する”する姿になったと記されています。仏教的な考え方として大変共感します。

 「共命の鳥」はまさしく私たち人間の姿、社会の姿の象徴であると思います。仏教(釈迦)の教えは、2000年以上の時を経て、今なお新しい人類のテーマであり戒めです。

 国家間紛争、領土・領海紛争、人種差別、民族紛争、宗教紛争、企業の不祥事、振込み詐欺、バスケットボール等のスポーツ界の紛争、身の周りでは家庭内、親子、夫婦の不和・暴力、学校のいじめ、など自己の利害のため、あまりに身勝手な事案が多すぎます。

 同時代に生を受けた人間(生命体)としての御縁(因縁)を噛みしめ、お互いに相手のことを思いやる心を大切にし、感謝の心をもって生きたいと思います。この法話を拝読し改めて強く思いました。

 今年7月11日に行われる協会創立50周年記念行事において、ご門跡に主客としてご講演をいただきますが、我々は何を学ぶのか、戒めか励ましか、元気をいただく思いがします。

(大阪技術振興協会誌No.459(2015.3)掲載)